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映画レビュー【ミッドナイト・イン・パリ】感想 ※ネタバレあり 黄金時代と誇大妄想

映画

こんにちは。植村直己が生きていた時代に旅をしたかったと常々思う私が不意に改心するキッカケとなった映画の話です、りょう(@sorimachi)です。

ザックリと、「昔に生まれてたらなあ…」なんて、少しは思った事ある人、多いのではないでしょうか。今の時代だからなあ、とか、もっと前だったら俺は今よりなあ、とか。

そんな事考えてる暇あるなら、今をちゃんと生きろ!ばか!

と後押ししてくれる作品なので、気持ちが落ち込んだときとか、元気出したい時にオススメです。

 

ミッドナイト・イン・パリ


映画『ミッドナイト・イン・パリ』予告編

【公開日】 2012年5月26日 

主人公のギル(オーウェン・ウィルソン)は、小説家を目指すハリウッドの脚本家。芸術の都パリに心酔し、パリに住みたいと考えている。婚前旅行で訪れたパリで、ギルは深夜の散歩中、レトロな車に乗せられて古めかしいバーを訪れる。そこで出会うのは、1920年代の作家、F・スコット・フィッツジェラルドとその妻であり、やはり作家のゼルダ。ギルは、黄金時代だと憧れる1920年代のパリにタイムスリップしていたのだった。 

 

単なる、タイムスリップもの…?

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だとしたら、むっちゃ雑な作りである。彼はパリの夜道を歩いてると、まるでシンデレラの様に鐘がどこからか鳴り響き、古いプジョーが現れて、それ乗り込むと1920年台のパリに迷い込む。そこには、彼が思うパリの黄金期を代表する芸術のオールスター達が出現しまくって、都合の良いように物語は進む。そこにタイムパラドックスや、時代を超えるという側面にある闇みたいなモノは、全力で無視している。

しかし、一つのメッセージへ向かい描き切っているため、その矛盾は次第にどうでも良くなる。恋愛や芸術、生き方を通して描くそのメッセージは、何もかもが熟成しつつあるこの現代に生きる「昔は良かった、昔に生まれたかった」系人間に切っ先を向ける

 

いつの時代も完璧じゃない。

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私はよく「江戸の時代を旅したかったなあ」とか思う。循環型の社会システムだって、まるで外国のような関所だったり、峠の茶屋だって、なんて旅情緒があるのだ、と思うから。あの頃を旅で来たら今よりも楽しいだろうなあ、あの頃の旅人は今よりももっと生き生きしてただろうなあ、なんて。

植村直己の生きた1960年代の世界も同じように見ていた。第二次世界大戦が終わって他国の雰囲気も戦後を感じさせない程の活気に満ちていて、わずかに民族としての文化が各国には残っていて、昔は良かったんだろうなあ、なんて。

劇中のギルは1920年台のパリで、ヘミングウェイに出逢い、ピカソに出逢い、フィッツジェラルドに出逢い、アドリアナに出逢い…。黄金期と妄想した時代に浮かれる彼だが次第にひとつの「真理」に出会う。

「今(1920年台)のパリが黄金期?それはないわ、ベル・エポック期が至高よ。」想いを寄せるアドリアナが言う。ベルエポックはまた一世代前だ。ギルが黄金期だと思った時代を生きてるアドリアナもまた、ギルと同じく違う時代に産まれたかった、と思っていたのだ。

いつの時代も、憧れの時代はどこかにあって、後ろを見れば、またその後ろがある事に彼は気がつく。そうしたら、マンモスがうろちょろしてた時代まで遡るのではないか…。

 

今を大切に。

この映画が語りかけるのは、至って普遍的だ。あの時代が良かった、あの時代に産まれたかった、なんて言ってる今まさにこの時代もまた、何十年後かには羨ましくタイムスリップしたいと思う人が必ずいるのだ。後ろ向きに生きても、過去にノスタルジアを感じても、今しかない

あんなに優柔不断だった主人公ギルは、最後に今を生きる選択肢を選ぶ。その潔さと、爽やかさに、ふと今の自分を顧みる。

今を大切にしようと思える、爽やかな映画だった。

 

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